ひとりごと

ぬーん

脳汁

ありえん意味不明なこと言ってるので、興味が無い人は見なくてええで。

時間を無駄にするよ(´-`)

 

 

 

 

依存体質ってあんまりよく思われてない気がする。

連絡がないと不安で仕方がない。会ってないと寂しくて死んでしまいそう。その人がいないと生きていけない。生きている意味がない。

大袈裟だと思うでしょ?でも、実際そう思うことがある。

心の安心を共有しあえるのなら僕は悪いとは思わない。結婚も突き詰めれば安心や安定を求めているところは無いとは言えない。(それすらも人それぞれだからあくまで僕の世界線の話)

なら、安心するの反対、不安になることも多くある。上記に上げたことも例である。

僕は依存していた自覚がある。

それは私利私欲のための欲求から来る依存であったと今は解決した。

何かを求めて何かをする。決して間違っているわけではない。がしかし。見返りを求めて行動を起こし、それに自ら礼を求めるのは違うのでは?と思った。

それは。自分自身に。

 

僕は欲求てきに動く自分を理性的に抑制する自分が存在すると理解している。

そこには理解の範疇を超える事象も多いが、その場合、信念をもとに決定を下す。

そもそもこの考え方自体正解かはわからない。

あくまで今の僕が行動するための指標といったところだろうか。

しかし、この考え方には欠陥が存在する。

自己矛盾。

そう、欲求を理性で押し殺す。これはとてつもないストレスを生む。

あれをしたいが、それをしては社会的に駄目だ。

こうしたら僕が得をするが、他人に迷惑をかける。

一見普通じゃんって思われるかもだけど、僕からしたら相当なストレスが生まれる瞬間だ。

僕自身欲に忠実に生きてきた(過去形)。今更気にして何になるんだって話でもあるが、今後生きてく上で社交性が必要になる可能性がある。そう思ったらわがままに生きるのは良くないと思った。この時点でストレス。

 

話を組み立てるが。

じゃあこのストレスはどこで昇華するか。

それは趣味、食事、睡眠、恋愛。ストレスに感じないことすべて。なんでもいい。ストレスにならないものが必要になってくる。

安心できる場所。

 

そう、恋人。(唐突)

 

国語は苦手だな。

 

うまくまとまらないけど、結婚を考えた相手とは好きだけの感情ではなく、安心や安定、様々なことにおいて信頼をおいたまさにノンストレスな関係であることが望ましいと思う。

軽度な我慢があっても、ストレスではない。これが重要。

 

じゃあ、欲依存の場合は?

 

そう、一方的に見返りを求める、欲依存はとてもじゃないが、安心し続けることは愚か、自分ではなく相手を傷つけることがある。

だから欲依存してる人とは長く続かないし、ストレスも自然と増えていく気がする。

 

いくら意識的に愛していたとしても、無意識的にストレスを感じ、精神的に苛立ちを覚えるというのは欲依存から来る不安なのか。

案外忘れてしまえば楽になったわ。

 

忘れるというのは語弊があるか。

僕は考え方を変えた。僕が幸せにするのではなく、幸せになってもらう。自分がするのではなく、自分によって能動的に幸せになってくれていたら良いな。ぐらいに考えることにした。自分の幸せのためではなく、相手が幸せでいてほしい。そう思ったら心が軽くなった。

 

と思うじゃん?

 

まだ不完全でした。

あーあ。

 

そう簡単には自分の意識は変えらんないわな。

まだ依存もするし、自己中心的な願いもしてしまう。それでも何よりも第一に相手の幸せを考えて行動しようとは思えた。

それだけでも大きな成長と言いたいね(甘え)

毎度毎度学ぶことが多くて嫌になっちゃうよ(トホホ)、、、。

 

今日より明日の自分は常に成長してる。

そう思って今日も布団に潜ります。

何が言いたいかなんて僕にもわからんわ。

これを書いている時点で自己矛盾は絶えず起こるし、一人では解決できないわ。

 

最近の趣味はインスタのストーリーを積極的に更新すること。

長続きするかわからんけど、なんとなくやってみようと思う。

このブログを見てくれてる人が何人いるか。誰も見ていないとしても、自分が生きるために再認識したいこと、決意、そんなようなことをちらほら脳内を垂れ流す感じで文脈も気にせず書くので、僕が本当にキツそうにしてたらそっと呑みに誘ってほしいのん。

 

 

 

愛とかほんとにわかんない。

何を持って愛とするのか。

何を持って好きと定義するのか。

わかるやつがいたら説明しろください。

 

その人のことをもっと知りたい、誰も知らないその人を知りたい。これはただの興味なのか。愛というものの延長、またはその前兆なのだろうか。一緒にいたいとか、この人といて楽しいとか。そういう感情は多々ある。それが好きの印とか言う人も見たことがある。そんなこと言ったら好きがゴロゴロ転がってるよ。僕からしたら。

 

その人の生き方、考え方、それらをもっと深く見たい。もっと知りたい。

あわよくば願いを叶える手助けをしたい。

 

最近はこういう感情が芽生えた。

 

もしこれを愛と呼ぶなら、僕はこの感情を大事にして、慎重かつ大胆に生きていきたいと思う。

 

 

誰か、ディスカッションしましょう。

もう一人で悩むのは疲れましたよ。

 

何も考えずに脳内に思いついた順番に書いたからここまで読んだあなたは相当な変人ですね(失礼極まりない。すみません。)

 

最後まで読んでくれた(途中まででもこのページに飛んでくれた)あなたに。幸あれ。

 

ぽやしみ〜(´。・v・。`)

 

9/9追伸

相手が幸せでいてくれたらそれでいい。

それはただの綺麗事で、欲求を抑えるための口実だった。そしてそこから生まれるストレスが自分を苦しめ、追い詰めた。過去の自分の考えを見るのは面白いね。一刻一刻考えが変わるのが見て取れる。我慢しすぎないことも意識して今を生きる。