ひとりごと

ぬーん

世界の中心で

普通じゃないことをしすぎたせいで、普通がわからなくなってしまった。自分のやり方が間違っていたことに気づいても、治すべき基準がわからないので直せない、、、。

そもそも普通ってのもはないとは思う。しいてあげるなら、一般常識(それすらも曖昧だが)、またはモラル、マナーといったところだろうか。それさえクリアできれば何をしてもとりあえずは良いのでは?ともおもう。自分の中の普通と他人の普通はもちろん違って、それか個性だったり魅力にもなる。だけど、それが極端に違いそれによって対立することも少なくはない。僕は対立するのが怖い。だからできるだけ相手の意見も尊重してディスカッションをした上で落ち度を見つけるということに尽力している。しかしまあ、相手によっては自我を押しとうすだけ押し通そうとする輩もいて、そう簡単にはいかないもんですね。話し合う余地もなく一方的にいう。こちらが何か言おうものなら、キレたり聞こえなかったり開き直ったり。踏んだり蹴ったり。ラジバンダリー。ちょっと前までの僕はそんなときでもどうにか話し合いたかった。そうすれば話し合うことの重要性をわかってもらえる気がしてた。でも、それで話し合いに持ち込めた確率はそんなに高くはなかったね。残念。色々経て、考えも変わったのかな。今はそんなことする時間がもったいなく思う。こちらの話を聞いてくれない人からは何も利益を産まない。とさえ思うようになってしまった。これは僕の中で普通になりつつあるが、他人の中で普通なのかはわからない。兎に角、面倒くさくなってしまった。自分の中の普通を否定することなく、他人の普通を参考にして自分を変えていければいいのかな。それでも正解を探してしまう僕は他人と違うことを恐れてるのかもね。

対人って労力使うよね。

そう考えると、一昔前の自分と今の自分では相当考え方が変わった気がする。

例えば、人との付き合い方。昔はその人の評判や地位、周りの交友関係等を加味して人となりや性格を見つつ、僕との関係を構築していた。でも、最近は他人の意見も参考にしながら、でも自分で見て聞いて話してみて、それから判断するようにしはじめた。悪評は広まりやすいし、そればっかり聞くと悪い人に見えちゃう。でも実際関わってみたらいい人かもしれないからね。(気づくのおせーよ)もっと早く気づいていたら人生変わってたかも?

今の僕に不満はないし、過去の選択があったから今の友人がいて、生活がある。何も間違ってはいない。と思っている。が、ちょっとだけ、ひとつまみのお塩ぐらいにはしょっぱい気持ちもある。まあ、いつかは忘れてしまう感情かな。

20歳も終わりに近づいてるけど、心の中は未だに10歳ぐらいかな。高校の後輩に会って話してたときにびっくりするぐらい見透かされていた。最近はあまり話していなかったのに、無意識的に考えてることや思ってることを瞬時に読まれてしまった。(ほんとにびっくりした)僕がわかりやすいのかな??(笑)でも、だからそこ、一緒にいれたらいいなとも思った。(彼氏持ちらしいですが)

他人に心を読まれるのが嬉しいか嬉しくないかは別として、なにか、こう、自分のことをちゃんと見て考えてくれてることにありえん嬉しさを覚えた。そこまでしないじゃん?その人がそういう人だからと言われたらそうかもしれないけど、単純に僕は嬉しかった。なんとなく、人として対等にしてくれたのかなと思った。

大切にしたい友人ですね。

 

 

最近は恋というより興味が大きくて、好きというより支えたい。と思うことが多い。

何ができるわけじゃないが、辛いときに支えてあげれる人ってすごいと思うし単純に憧れる。そういう人になりたい。

日本語が下手で、思考回路は非常識的で興味のないことにとことん興味を持てないマンだから話を聞いて人のぬくもりを提供することぐらいしかできないけど、支えたいという思いはそれなりに強いと思うんだ。

どうしたらいいのかわからないけど、しばらくはそういうスタンスで日々を楽しめたらいいなと思う。

 

ここまで2時間。ようやく眠くなってきた。

1600字って大変だね。

相変わらず支離滅裂で、日本語おかしいけど許してちょんまげ。

 

 

世界の中心で文鳥を握りたい

 

雛から育てなきゃ(笑)

 

ぽやしみ〜